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意見を発信・受信することについて、改めて思ったこと。

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もうブログをちゃんと始めてから1年半も経つので、改めて振り返ってみようと思います。こんにちは、タチやん(@mofday)です。

ぼくは割とブログでもSNSでもピーキーだったり辛辣だったり奇抜だったりする発言をしている自覚があるのですが、それでも意見を発信しないと掴めないチャンスがあることを知っているので、第三者からの悪意ある晒しやミスリード、意見の相違も上等でここまで続けてきました。

情報発信をしてきたことの"思い出"

時にはいわゆる『炎上』みたいなバズり方をしたこともありましたし(その殆どの方が記事のタイトルに釣られて「香ばしい」とか言ったり、アイデアに対して差別的な発言や慇懃無礼な態度をとったりと、残念な方向にいってしまった方々でしたが)真っ向から「これは違うんじゃないか?」とディスカッションをしようと歩み寄ってくれた真摯な方と出会えたりしたのも事実です。

ツールに振り回される人々

インターネットもSNSも所詮はツールで、結局は使う人の心が人を幸せにも不幸にもするのです。炎上案件に喜々として加担している人々は、残念ながら相手を人間として向き合っていない……これもまた不幸のひとつの形なのでしょう。
近年では「SNS疲れ」が叫ばれていますね。その「疲れ」の根本には、そういった人の悪意がきっと蔓延っているのでしょう。

意見を発信することで、自分を正す

もちろん自分の意見が100%正しいということはありえません。全く違う考え方の人からしたら否定する部分もあるでしょうし、正論を振りかざすことが相手に対しての回答として正解というのもまた違うこともありえます。人と人とがすれ違う要因もこういった部分にあると思います。
そもそもSNSで議論ができない・向かないというのには「相手との前提条件の共有ができていない」まま議論もどきが進んでしまうという事故がありますので、真に議論を交わしたいと思うなら"前提条件の共有"をしないといけないのですが……文字制限の厳しいTwitterでは難しいでしょうね。そこでぼくはブログを使っているわけなんですけど。

自分の意見が間違っているかも・極論だったりするというのは自覚こそしていても「それでもぼくはこう思う!」というのを発信しないと、じゃあそれは何でだろう?というのを教えてくれるのもまた人です。こちらが真摯に意見を述べているのを汲み取ってくれる素敵な方でしたら、またこちらとしても素直に意見を聞き入れたいと思います。

その場だけ良ければいいとして言葉をぶつけてくる人に対して

感情論や受け売りの言葉だけで「失礼だ!」「謝罪しろ!」「○○はこう言っている!」というのは「あなたの考えを真摯に述べていない」と受け取ってしまうので、その場かぎりの対応になってしまいがちですね……

相手が真摯でないのにこちらがそうあっても疲弊するだけなので。更に言うと、そういう相手はそういった態度や言動を数を重ねるごとに増長させていく傾向があると見ています。スルースキルという言葉はそんなに好きではないのですが、こういう場面ではそれを発揮させた方が自衛できます。

人に刺さらない意見はない

これは色々な含みがあって言うのですが、誰も傷つかないという都合のいい意見というのは、ぼくはほぼ存在しないと思います。様々な意見があって、それらがぶつかり合って成り立っているのが世の中です。その中で自分の意見を棚に上げてバランスを取ろうとするのは一見すると賢そうですが、その「バランスを取ろうとする」行動すら意見発信であるので、これすら他者を傷つける可能性は十分にあります。そもそも何をもって「バランスが取れているか?」という疑問もあります。

そういった形で周囲に気を使ってコミュニティーを保っているところがあるとしたら、それは他人行儀ばかりでとても危うい場所なのでは?と(あくまでぼく自身は)考えます。まぁ頻繁にドンパチやってるコミュニティーも考えものではありますけどね!!

まとめ

今では情報発信を誰でも気軽にでき、それらが大波のように押し寄せてくる時代になっています。情報の取捨選択を自分からしていると思ったら、実際には逆で「情報に乗せられているまま選んでいる」という、踊らされているという場面もしばしば見かけます。
もしあなたが自分の情報発信・受信について疑問を抱いた時には、まず「なぜ自分はそう思ったのか?」を根本から見つめ直してみてください。自分というのは過去と今と未来では変わるものです。一生涯に渡って同じ意見を持ち続けるというのはまず稀でしょう。人間は変わるものであり、"変われるもの"でもあります。

追記

この記事にいただいたコメントでハッとさせられましたので、それについても記事にしてみました。合わせてどうぞ。

嫌いの表明は必ずしも「悪」ではない。

嫌いをシェアするのは決して好きではありませんし、気持ちのよいものではありませんが、そういう自由だってあるはずです。こんに ...

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意見発信のツールについて、そして自分の意見の出自について、考えてみる機会があるといいですね。

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  • この記事を書いた人

タチやん

2012年頃から音楽的な素養が全く無い状態からDTMを始める。それから少ししたくらいにアナログでのイラストを描くことも始める。 だいたい下手の横好きを自覚しながら、やたらめったに様々な創作分野・ジャンルを渡り歩き続けています。最近は文房具にお熱。わりとピーキーで辛辣なことも書きますので、当サイトの記事はあくまで一個人の考え方として捉えてください。 いま欲しいものリストはこれです。

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